ポルトガルに出かけて見た そのゥビドス

ポルトガルではどこを写しても絵葉書のようだ。中でもこのオビドス(と言っても京都弁ではない)は(天気にも恵まれ)とても美しい。

 

撮影順に並べてみました。

 

城壁に囲まれた人口800人ほどの街だ。

 

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ここが入り口だ。

 

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イワシの缶詰だが、このようにパッケージに西暦を表示。その年に何が起こったが、記載されている。中身はみな同じ。

 

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みな缶詰だ〜!

 

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「危険」の表示があるが、手すりは全くなく、自己責任。この辺りの感覚が僕は好きだ。

 

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石の壁に漆喰が重ねられ、白い壁になっているのがわかる。

 

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落書きがなぜこんなにに美しいのか?

 

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このカップは600円ほどで、買うか買わないか、ずいぶん迷った挙句、買わなかったので今でも後悔

 

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この彫刻(?)は、微妙に動いていた。これまた、実に美しい!

 

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ポルトガルに出向いて見た そのぅ檗璽肇錺ぅ

この旅の一つの楽しみは、ポートワインだ。甘い酒ということで、これまでは避けてきたが、ポルトガルの発祥地・ポートに出向いたからには名物のポートワインを楽しもう!

 

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1790年にスコットランド人のジョージ・サンデマンが創設。ちなみに日本は寛政元年で、その前年1789年にフランス革命、1792年にはロシア使節のクスマンが根室に来航し通商を求めていた。

 

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トレードマークと同じ黒マントとソンブレロ姿で酒蔵を案内してくれた。温度と湿度が管理されているというが、いわゆる機械的なエアコンは使っていないという。確かに昔からここでこうやっているというからそうだろう。この地下水も一役買っているらしい。

 

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昔からのワインの瓶が並んでいた。

 

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説明を受けながらの試飲で、この独特のポートワインの良さを十分に堪能!

 

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入り口の左側は、以前の洪水時の水位を示している。

 

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対岸は、世界遺産にもなっている古い町並みだ。この船は昔、上流で作った新しいワインをここまで運んでいた船で、今は看板代わりになっている。(つづく)

 

 

 

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ポルトガルに出向いて見た そのスペインにも

ポルトガルの北部(首都リスボンから北へ300辧砲飽銘屬垢襯櫂襯箸らさらに北へ、国境を越え250辧スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラに出かけた。

 

ここには、キリストの十二使徒のうち最初に処刑された聖ヤコブが祭られた古い聖堂がある。というより逆にこの聖堂によってできた街だ。いわゆる門前町だ。

 

この街はエルサレム・バチカンと並ぶキリスト教の三大巡礼地だ。主な巡礼路はフランスからピレネー山脈を越えて800劼鯤發コースだ。もちろんポルトガルからのコースもある。

 

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聖堂を中心にした旧市街地は1985年に世界遺産に登録されている。

 

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見学コースを歩くと聖ヤコブの後ろに回れ、ハグできるようになっている。下の写真ご覧ください。肩のところです。

 

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ここまで間違いなくたどり着けることができるように、道標としてこのホタテ貝を模したものが道路に埋め込まれている。

 

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線が集まるところがその目的地を示している。お土産品にもなっている。

 

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最終の到達点を示している。この正面が大聖堂だ。「天国の門」が待っているのだ。といっても普段は開いていなくて、横から回り込むようになっているが、工事中のため門の裏側も確認できなかった。

 

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この巡礼はもちろん宗教心を高めるのに役立つが、最近は一つのレジャーや鍛錬としても盛んになっているという。四国巡りや伊勢詣でなどとも似ているのだろう。(つづく)

 

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ポルトガルに出かけて見た その▲リスト修道院

トマール(TOMAR)という町に出かけ、見て、少し考えた。

 

丘の上にお城みたいな建造物が見える。あれが世界遺産にも登録されているキリスト修道院だ。

 

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何カ所か入り口があるようだ。

 

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まさしく城塞だ。

 

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中央は聖堂で、修道院と繋がっている。

 

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修道院の回廊。

 

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回廊の腰壁にはアズレージョと呼ばれる装飾タイルが張り巡らされている。イスラム教徒によりスペイン経由でポルトガるに伝わったものだそうだ。アズレージョはポルトガルのいたる所で見かける。デザインも様々だ。(後日、紹介予定)

 

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聖堂の中です。この奥に磔になったリアルなキリスト像が…。

 

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この十字があちこちで見かけられる。正十字と呼ばれるものだ。

 

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修道院で実際に使われていた食器だ。

 

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下はレプリカ(お土産)だが、デザインが少し異なるようだ。

 

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ワインのラベルのマークも異なる。

 

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この城塞みたいな教会の起源とつながるのだが、もともとは「テンプル騎士団」の修道院だったもので、ガイドブックによると、1147年(というから鎌倉幕府が開かれる前)にリスボン北東のサンタレンをイスラム教徒から奪還した功績この地が与えられ、ここに堅牢な城壁と聖堂を築き、ポルトガルにおける拠点とした、そうだ。

 

1312年にバチカンの教皇庁による異端裁判で解体される。ここらの話は長くなるので、ここでは簡単に述べます。

 

この代表者は火あぶりの刑で処刑されたそうだ。それから6年後に「キリスト騎士団」となり再出発。

 

で、今この中であちこちで見られたのがキリスト騎士団の紋章で、扇風機の羽のような形のものがテンプル騎士団のものだということだった。デザインを少し変えたものだ。

 

これまで「騎士団とは何か?」わからなかったが、ここへきて何やら実態がわかったような気がした。

 

いわば「戦う僧侶」で、普段は禁欲的な生活をしているが、「いざカマクラ(?)」となると、馬に乗って戦う集団である。テンプル騎士団のことはネットで詳しく紹介されていますので、そちらをご覧ください。ちなみに「テンプル」は「神殿」ということだったので、英語のテンプル(寺院)と同じかな~?

 

ここで伝えたいことは、十字軍が聖地エルサレムの奪還するはいいが、十字軍が引き上げると聖地巡礼が不可能になるので、そのメンテナンスのために活躍した集団だった。そして肝心なことは、実はその騎士団こそが、大航海の資金の供給源となったという話だ。

 

今も続くイスラム教徒とキリスト教徒の戦いの一端が垣間見れる歴史的な遺産というわけである。来て・見て・わかる話だ。

 

ポルトガルだけではなくヨーロッパの古い町のはいたる所に教会があるが、それは仏教でいうお寺とはかなり違うものだということが、こんなところに来てみると、すぐにわかる。 (つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ポルトガルへ出かけて見た その‖膵匈

長崎県の出身者は小学生のころからポルトガルやオランダの歴史話をよく聞き、その遺構の見学旅行もあり、小さいころからアメリカ(ネイビー)とは別の意味で、身近な外国だった。

 

数年前にニューヨーク(マンハッタン)とワシントンを訪問し、ほんのわずかだが、アメリカの空気を吸って一安心し、(オランダはずいぶん前だが、スウェーデンへ行くときにトランジットをうまく利用してアムステルダムを半日観光)次はポルトガルという思いをひそかに抱いてきたが、今回思い切って実現させた。

 

元気と少しの旅費があれば、いつでも行けるとは思っていたが、いつまでも元気でありたいと願っても、それはいつまでも許されるわけではない。ま、「今でしょ」という次第だ。

 

スペインやイギリスあるいはオランダのことは教科書で教わったこと(ほとんど忘れたが)くらいだったが、今回ポルトガルに来て、大航海時代のことが実体を伴ってわかった。といっても、ポルトガルからナガサキを臨む視点のことであるが…。

 

リスボンの港から多くの冒険者や宗教家たちが新大陸をめざしたことが、リスボンの街のあちこちに刻まれていた。

 

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テージョ川の河口に1520年に河口を守る要塞として建設された「ベレンの塔」だ。

 

下は「発見のモニュメント」と名付け垂れた巨大な彫刻(というか建造物?)で、大航海時代を切りひらいた人たちを記念したものである。

 

 

 

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こちらから見て左端がエンリケ航海王子。こと人なしでは、大航海時代の幕は開かなかったということだが、これまではほとんど知らなかった。左から3番目がヴァス・ダ・ガマ。5番目がマゼラン。他も有名人ばかりのようだが、僕が知っている名前は、この後のほうに加わっているのがフランシスコ・ザビエル(この写真には写っていない)。

 

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右から2番目で、手を合わせているのがその人である。

 

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テージョ川にかかる「4月25日橋」。ゴールデンブリッジと同じ構造でメーカー(?)も同じだとか。右端がリオのものをサイズダウンしたキリストの像。 (続く)

 

 

 

 

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柴又へ

東京都下に住んでいるので、いつかそのうちと思っていたが、今朝、目が覚めたら「いつでも行けると思っているうちに、ついに行けなくなってしまうこともあった」こと(例えば二宮金次郎館だ)を思い出し、本日が正月休みの最後の日だし、晴天だし、ということで、昨日の感動が冷めないうちにと、そそくさと柴又に出向いた。

 

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駅前で「寅さんを見送るさくら」という構図だ。先日、テレビの番組の中で倍賞千恵子さんは「渥美さんはともかく、まだ生きている私が銅像になっているというのは、妙な気持ちですよ」と言っていたのを思い出した。

 

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このお店が団子屋のモデルになったところだ。知らなかったが、この「とらや」というのは偶然なのか?映画の中では「くるま菓子舗」となっている。

 

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変な話だが、映画と同じということを確かめ、安心する自分に気づいた。

 

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下は帝釈天のすぐ近くにある「寅さん記念館」の中にある映画のセットだ。

 

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下は2階建ての模型。

 

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荒川の土手もすぐそばにあり、これまた「なるほど」と安心した。

 

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2020年の4日目(寅さんにみるバリアフリー)

いつもだと仕事始めの日だが、カレンダーの都合で、まだ正月が続いています。皆さんいかがお過ごしでしょうか?

 

昨日、孫たち一家は帰っていった。台風一過である。それで、今、話題の寅さんを観に行った。

 

僕は寅さん映画の熱心な鑑賞者ではないのだが、時折見ていた。当時は「マンネリの美学」とは、こういうものかと、なかばバカにしつつも、どこか心惹かれていたものだ。ま、いわば「演歌」のようなものと感じていた。

 

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映像はネットから拝借。

 

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おなじみのメンバーは、実年齢を重ねてリアルである。右端は蛾次郎。

 

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この2枚の写真でもわかるが、室内にバリアフリーの工夫がある。素晴らしい!

 

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上がり框(かまち)に手すり、そして畳の部屋(居間)のソファーである。そのソファーの使い方が、高齢者にとってどのようなものかを確認できる。リアルだ。余談だが、ゴクミがきちんと正座できていたことだ。

 

内容はご覧になってください。この年まで生きてよかったと思う、実に素晴らしい寅さんのきめ台詞が僕の腹に響く。涙なしでは見れなかった。周りに知り合いがいなくてよかった!

 

 

 

 

 

 

カテゴリ:- | 17:33 | - | - | -
2020年の3日目

本日は昨日以上の好天。雲ひとつありません。今日もまた、近くの自然公園に孫たちを連れて行きました。

 

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メジロも来ていましたが、撮影できず…。

 

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僕は昨日、木の実を拾ってきて、たしか「石鹸の実」と呼んでいたことを思い出した。

 

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下も凄い!まさしくコブラツイストだ!アルミのフェンスが捻じ曲げられている。

 

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三度めの弘法山縦走

2020年の二日目は、朝はやや雲が多かったが次第にいい天気になった。おそらく日本海側は雪が多かったのは?

 

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僕らの子供3人のうち2人の子の家族が元旦に揃った。孫3人のうち2人の男の子が揃うといつものことながら、大変なことになる。が、それもよし!

 

弘法山山頂で昼飯。山のコンロでラーメンと🍙だ。僕はもちろん🍺付きだ。

 

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ここから富士もよく見えた。

 

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恭賀新正 2020

 乃用心 数災 家

                       2020年1月1日

 

今日も事なし凩に酒量るのみ   山頭火

 

木枯らしの季節は過ぎ、春を待つ時節です。

今日のささやかな喜び(幸せ)は、さりげなく通り過ぎ去ります。

振り返れば、昨年も多くの方々と喜びを共有できました。

今年もご多幸をお祈りします。

 

昨年の僕の主な出来事  ※相変わらず研修会などで毎月全国各地を楽しくウロヨロ(?)。

1/15孫たちを連れ、権現山(243ⅿ)・弘法山(235ⅿ)など7劼鮟珍し鶴巻温泉へ1/20〜30 前年に引き続き友人が住むセブ島へ3/20「これならわかるシーティング」出版4/6多摩シーティング勉強会発足(30名以内・年2回開催することに決める。今年は4/4予定)4/13〜14キッズフェスタ出展4/18〜20バリアフリー展(大阪)4/28孫たちと1月の逆コースを縦走、秦野温泉へ5/4〜5孫たちと西丹沢キャンプ場6/1〜2シーティング技術者交流会6/11義弟の指導で東京湾の鯵釣り6/22高尾山から陣馬高原まで雨の中を15匳珍6/29盛大な「佐世保バカ人会」新宿7/6「第3回 楽しくて・ちょっとためになり・元気が出る日」を立川で開催 7/13〜14 白馬岳(2932m)大雪渓を登り大池に驚く8/10〜11甲斐駒ヶ岳2966m9/7車椅子だけの展示会(昭島市役所)9/9「文楽」を初めて観劇(国立小劇場)10/5日立デザイン同巣会10/19第2回多摩シーティング勉強会10/26文化的・食欲的散策(羽村の堰から福生の大多摩ハムあたり)11/2 第6回子どものための福祉機器展(昭島市役所)11/24自宅前の私道でご近所さん会12/7〜10沖縄へ。家族とは初めての観光旅行

 

光野有次 (でく工房 勤務)

eメール; mitsuno@deku-kobo.com

詳細はこのブログで確認できます; 光野有次の「気分はバリアフリー」http://mitsunoy.jugem.jp/

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