名残の雪

夜半は雨だったと思うが、朝ゆっくり起きたら雪だ。

 

「東京で見る雪はこれが最後ね」とさみしそうに 君がつぶやく
なごり雪も 降る時を知り ふざけすぎた 季節のあとで
今 春が来て 君はきれいになった

 

ではなく、

 

「東京でこの冬見る最初で最後の雪ね〜」と口ずさみつつ、

シャッタを切る僕がいた。

 

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桜の花に雪が積もる。たぶん初めての光景?

 

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昼過ぎになると、雪はやんだ。

 

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頭上には、なごり雪か?

 

 

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幕山へ

この3連休。孫たちを引き連れ、湯河原へ出かけ幕山に登る。幕山の登り口は梅林だ。

 

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626メートルの山だが、孫たちにはちょうどいい山だった。

 

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山頂で山用のコンロでお湯を沸かし、カップ麺とおにぎりで昼食。

 

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眼下には真鶴半島。そして相模湾。

 

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ひとりは、このような虫(実は虫ではない。植物の種?)が大好き。もう一人は、この姿だけでも怖がって…。

 

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こんな状態に…。

 

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山道に転がっていたものは?

 

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ポルトガルに出かけ・見た その㉑ 乗り物

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ホルトガルは、再生エネルギーの普及では世界のトップクラスの国だ。ネットで調べて見た。

 

ポルトガルの送電網運営会社RENの発表によると、20183月、1ヵ月分のポルトガルの再生可能エネルギーによる電力の生産量は4812GWhで、4647GWhの総電力需要をうわまわったという。つまり総電力需要の103.6 % が再生エネルギーによって作られことになる。そのうち水力が55%も占めたという。ポルトガルはすでに20142月に総電力需要の99.2%を再生可能エネルギーによって生産して注目を浴び、2016年には4日間連続で電力需要の全てを再生可能エネルギーでまかなうという記録を樹立している。

 

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観光用もあると思うが、市民でないと利用できないそうだ。

 

下のものは観光用かな?

 

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以前も紹介したが、アジアでよく見かける「トライシクル」もポーランド・バージョンだと美しい!立派な工業製品である。

 

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これらは(たぶん)観光客向けの乗り物である。

 

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このバスは日本でも見かけることがありますね。雨が多いところには不向きですが…。

 

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これは水陸両用バスで「カバ号」と呼ばれている。

 

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たぶんわが国では今は見ることができないトロリーバス。ポルトの街を走っていた。電気バスなので排気ガスを出さない。

 

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同じくポルトの街を走る路面電車。ホイールベースが異常に狭い。車体の長さの四分の一くらいしかない。急カーブの軌道を走るためだろう。

 

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リスボンで乗った地下鉄の座席と、下は車両の連結部。扉がない。

 

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以前も紹介したが、これは橋を渡るために外に出てきているが、ポルトの近代的な地下鉄。路面電車のような感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ポルトガルに出かけ・見た その粥ー岼愡

出発前に成田で見た車椅子。

 

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松永製作所の「モルフ」という非金属性の車椅子。2016年度グッドデザイン金賞に輝いた優れもの。

 

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「車椅子の材料を金属不使用とすることで空港での保安検査をスムーズにし、大車輪ユニットを着脱式にしたことで乗ったまま機内に入れるようにして、二重に車椅子利用者の航空機利用の負担を減らしており、画期的である。樹脂を主体とした非金属材料使用ながら、軟弱さを感じさせず、滑らかで軽い操作性が実現されている。また、大車輪の着脱が容易で、補助者にとっても使いやすい。色彩や質感は、落ち着いた中にも軽やかさが感じられる。世界的に空港の保安検査がますます厳しくなる中で、車椅子利用者の活躍を後押しするもの」と 審査委員から評価を得ている。

 

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こちらは螢ョウワコーポレーションの製品で、JALと共同開発。

 

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超大型の車椅子も用意してあった。車輪がかわいそうな気がしますね。

 

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そしてポルトガル(リスボン)の空港で見た車椅子。

 

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とても格好がいい。こちらは金属は使用している。

 

ヨーロッパの椅子の文化を感じるのは僕だけだろうか?旗がついているのは、単に目立つためだけなのかな?

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ポルトガルに出かけ・見た その魁‘本語になったポルトガル語

日本語になったポルトガル語は多い。

 

ブランコ(英語だとスウィング)やパンやボタンは、ポルトガル語からと言われ、知っていたが、今回あらためて調べてみると、あるある、金平糖だけでなくビスケット・キャラメル、そしてコップ。英語のカップからかと思っていたが、ポルトガル語のcopo(コッポ)らしい。合羽(カッパ)もcapa(カッパ)からで、もともとはカバー(覆うもの)のことだった。

 

タバコ(tabaco)はそのまま、シャボン(石鹸)、ビードロ(ガラス)、シャッポ(帽子)なども日本語としてよく使われている。

 

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切手にもなった「ビードロを吹く女」

 

 

メリヤスや襦袢も、というから驚きだが、最も驚いたのがオンブだ。「オンブにダッコ」のオンブ。ポルトガル語のomburo(オンブロ)で「肩」のことだ。「背負う」から「おぶる」→「オンブ」になったという説もあるが、さあ、どっちかな?

 

ま、いずれにしろ日本語になったポルトガル語が多いのには驚いた。

 

このシリーズの冒頭にも書いたと思うが、僕がポルトガルに行こうと思い立った話だ。

 

佐世保に生まれ育った子は、(今はどうだろうか?)小学時代のバス旅行は、4年生は平戸、5年生は長崎、そして修学旅行は福岡(一泊)だった。この4年生のバス旅行の思い出として記憶に残っているのは、平戸といえば、ポルトガルとオランダだった。

 

当時の僕らにとっては身近だった外国人はアメリカ人兵士(ネイビー)だったが、彼らに対しては「異人さん」というイメージはなく単に「アメちゃん」だった。僕らにとっての異人さんはオランダ人やポルトガル人だった。異人さんのイメージは彼らの特別な服装によるものだ。展示室で見た古い絵巻物(?)からの記憶だったのだろう。

 

大人になってスウェーデンに行くときにアムステルダムに立ち寄り、子どもの時はオランダもポルトガルも同じひとまとめの異人さんだったが、北欧と南欧、ずいぶん離れた国なんだと実感した。しかし、その一方のポルトガルが、どんな国なのかわからないままに人生を終わるのは、よくないような気もして、憧れの国というわけでは決してなかったが、気になる国であった。

 

佐世保から平戸港までは今では車で1時間くらいか。

 

平戸港の歴史である。

〜間が空くが、平戸港は漁師町で交通の要所としての機能を持つもので、異人さんは姿を消した?〜

  • 1949(昭和24年) - 国鉄との連絡運輸のため業務委託による「平戸駅」が開設される。僕が生まれた年だ。
  • 1977(昭和52年) - 平戸大橋開通し離島ではなくなる。でく工房設立は1974年。

 

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ポルトガルに出かけ・見た その ポルト

ポルトは人口23万人。ポルトガル第2の都市、というよりはポルトガル発祥の地である。

 

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エリンケ航海王子の生誕の地である。

 

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「ドン・ルイス1世橋」はポルトにある道路と鉄道の併用橋で、幅8mの2階建て構造になっている。上層の長さは395mで、下層の長さは174mである。現在上層は歩行者とメトロ用に、下層は自動車と歩行者用になっている。

 

エッフェル塔の設計者エッフェルの弟子が設計し、1886(明治19)年に完成。

 

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電車が走ってくる。地下鉄というが路面電車の感じだ。

 

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下を覗くと…。

 

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その時、後ろを振り返ると

 

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追いかけたわけではなかったが、駅でも

 

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これは、パフォーマンスではなくホントの彫刻だった。

 

 

 

 

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ペーパームーン

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仕事を終え、工房を出たら、こんな光景が! 美しい三日月の上には、宵の明星・金星が輝いていた。

 

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懐かしのライアン・オニールと実の娘さん(テータム・オニ―ル)の、この映画を思い出した。

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ポルトガルに出かけ・見た その院 サンティアゴ・デ・コンポステーラの下町

スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ、この街の中心地の話(教会)は、1月15日に掲載していますが、本日は下町の体験です。

 

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下町の公園の奥に、やけに鮮やかな人影が…。

 

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この彫刻は、以前この辺りに毎日のように、このような鮮かな姿で出没していた二人の高齢女性を記念(?)したものだということでした。右の女性の手は若い男性のお尻(?)に向かっていたそうです。さすが、スペイン!

 

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古い町並みは、そのまま観光通り。

 

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観光客向けのレストラン

 

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寿司屋も

 

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僕は地元の人しか入っていない食堂へ。典型的なスペイン料理を頼んだら、これが出てきた。すごい量だ!

 

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おかげで、ビールがすすむ。3杯もいただいた。しかし安かったな〜。

 

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上は、立派なお土産。下は椿。昔、日本から持ち帰ったものだそうだ。あちこちで見られた。

 

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編集会議

前に「これならわかるシーティング」という本を出しましたが、そこに「シーティング臨床マトリクス」を紹介しました。すると、あちこち(といっても限られたところですが)で、話題になり業界紙(シルバー産業新聞)でも取り上げていただきました。

 

僕も、あちこちでこれを伝えているうちに、これはとても大事なものじゃないかと思い始め、親しい仲間にこの解説書(ガイドブック)を作ろうよ、と呼びかけ、何度か編集会議を重ねています。

 

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仮のタイトルや目次立てができました。あとは、どのように編集するかです。

 

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たぶんニッポンの高齢者介護の歴史に残る重要な書籍となるはずです。

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ポルトガルに出かけ・見た その亜.侫.

フランスのシャンソンやイタリアのカンツォーネのようにポルトガルにはファドがある。いわゆる民族歌謡と呼ばれているものだ。わが国の演歌のようなものか。今回の旅のお目当ての一つがファドだった。

 

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左の12弦のポルトガルギター(ギターラ)とクラッシックギター(スチール弦)が伴奏だ。

 

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名前とその歌声だけは知っていたこのアマリア・ロドリゲスは、このリスボン生まれ。少女期は貧しい生活を余儀なくされたという。

 

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1999年に79歳で死去した際、ポルトガルは3日間の喪に服したらしい。2001年にはリスボンのサンタ・エングラシア教会にエンリケ航海王子やヴァスダ・ダ・ガマらとともに国民的英雄10人の一人として眠っている。

 

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昔の騎士団の鎧・兜・剣か?

 

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初めてのリスボンの夜は更けていく。イタリア国旗が見えるが、大使館か?

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