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お祝い返し(お礼)

フェースブックを通じて、多くの方から誕生のお祝いの言葉をいただきました。本来ならお一人お一人にそのお礼をお返しすべきでしょうが、ズボラな僕です、失礼を顧みず、ここにまとめてさせていただきます。ありがとうございます。

 

生まれてこの方、50名を超える方から「お誕生日おめでとう!」とお声をかけてもらうことはありませんでした。フェースブックという現代のテクノロジーのおかげで、このようなことが可能になったわけです。

 

僕は1949年の(丑年)生まれで、68歳になりました。実は1949(昭和24)年こそが、わが国で子どもが一番たくさん生まれた年です。文字通り空前絶後のベビーブームだったのです。その年の出生数は2696638人。ちなみに昨年は100万人を切っています。

 

小学校から高校まで一クラスは、55人。小学校は教室が足らないので増築工事をする必要もあって、一時期は二部授業。朝からと昼からの通学組と分けられていました。昼からガッコへ行くというのは、とても楽しい思い出です。

 

ま、そのような時代を生きてきたわけで、のちに堺屋太一は僕らの世代を団塊の世代と名付けました。確かにその通り、子どもが塊になって動いていました。缶蹴りやビー玉遊びをするときでも、野球するときの人数が、すぐに集まってきました。

 

その時代にクラスの仲間それぞれから「お誕生日おめでとう!」の声がかけられたことは、一度もありませんでした、それがヌア〜ンとこの齢になって、新しい文明の利器によって実現したのです。長くは生きてみるもんだ、とうれしくなりました。

 

僕は確か永六輔さんの話だったと思いますが、誕生日は生まれてきた子を祝うのではなく、生んでくれた母親にお礼を述べ祝う日だとラジオで言っていたことがあり、その日から「確かに!」と強く同感してきました。今は母親は他界しているので、心の中で、そうつぶやくしかありませんが…。

 

さて、330日のことです。美大の同級生がやっている勉強会に出向きました。

 

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そこでは、この3人の著名人がそれぞれプレゼンを行い、その後は鼎談でした。鼎談と聞くと、なんだか予定調和的に話のオチがあるように思われるでしょうが、この3人のクリエーターは、自由奔放・融通無碍・古今東西・神羅万象的に話がスピーディにどんどん展開します。

 

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その話は、主催者側の意向も汲んで、ここには載せません。その膨大な情報の波の中で、ほんの少し「未来」について語る場面があり、「多く人は未来は明るいと思いがちだが、それでは平安時代はどれほど暗かったのだろうか?」という発言に触発され、アッ僕は、僕のこれから(つまり「未来」ですね)では、今が一番若いんだ!ということを再確認した次第です。お粗末な限りですが…。

 

以前ブログでも書きましたが、「いつかはクラウン」じゃなく「いつかは劔岳」と考え、60過ぎてから山の練習をやっていましたが、「今が一番若いんだ。齢を取るたびに劔が遠ざかる」ということに気付き、すぐに実行。

 

以前は「明日できることは、今日やるな」をモットーとしていましたが、「やりたいことがあったら、すぐやらにゃ!」という考えに変わってしまいました。明日が来ない眠りにつくかもしれないからです。「今やらなきゃいつやるんですか」は今の僕の人生訓でもあります。

 

お礼を述べるつもりがグダグダと長文になってしまいました。ここまでお付き合いしていただいたことに重ねてお礼を申し上げるとともに、これからのご無礼にも、なにとぞ、ご海容を!

 

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