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ポルトガルに出かけて見た その▲リスト修道院

トマール(TOMAR)という町に出かけ、見て、少し考えた。

 

丘の上にお城みたいな建造物が見える。あれが世界遺産にも登録されているキリスト修道院だ。

 

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何カ所か入り口があるようだ。

 

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まさしく城塞だ。

 

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中央は聖堂で、修道院と繋がっている。

 

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修道院の回廊。

 

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回廊の腰壁にはアズレージョと呼ばれる装飾タイルが張り巡らされている。イスラム教徒によりスペイン経由でポルトガるに伝わったものだそうだ。アズレージョはポルトガルのいたる所で見かける。デザインも様々だ。(後日、紹介予定)

 

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聖堂の中です。この奥に磔になったリアルなキリスト像が…。

 

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この十字があちこちで見かけられる。正十字と呼ばれるものだ。

 

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修道院で実際に使われていた食器だ。

 

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下はレプリカ(お土産)だが、デザインが少し異なるようだ。

 

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ワインのラベルのマークも異なる。

 

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この城塞みたいな教会の起源とつながるのだが、もともとは「テンプル騎士団」の修道院だったもので、ガイドブックによると、1147年(というから鎌倉幕府が開かれる前)にリスボン北東のサンタレンをイスラム教徒から奪還した功績この地が与えられ、ここに堅牢な城壁と聖堂を築き、ポルトガルにおける拠点とした、そうだ。

 

1312年にバチカンの教皇庁による異端裁判で解体される。ここらの話は長くなるので、ここでは簡単に述べます。

 

この代表者は火あぶりの刑で処刑されたそうだ。それから6年後に「キリスト騎士団」となり再出発。

 

で、今この中であちこちで見られたのがキリスト騎士団の紋章で、扇風機の羽のような形のものがテンプル騎士団のものだということだった。デザインを少し変えたものだ。

 

これまで「騎士団とは何か?」わからなかったが、ここへきて何やら実態がわかったような気がした。

 

いわば「戦う僧侶」で、普段は禁欲的な生活をしているが、「いざカマクラ(?)」となると、馬に乗って戦う集団である。テンプル騎士団のことはネットで詳しく紹介されていますので、そちらをご覧ください。ちなみに「テンプル」は「神殿」ということだったので、英語のテンプル(寺院)と同じかな~?

 

ここで伝えたいことは、十字軍が聖地エルサレムの奪還するはいいが、十字軍が引き上げると聖地巡礼が不可能になるので、そのメンテナンスのために活躍した集団だった。そして肝心なことは、実はその騎士団こそが、大航海の資金の供給源となったという話だ。

 

今も続くイスラム教徒とキリスト教徒の戦いの一端が垣間見れる歴史的な遺産というわけである。来て・見て・わかる話だ。

 

ポルトガルだけではなくヨーロッパの古い町のはいたる所に教会があるが、それは仏教でいうお寺とはかなり違うものだということが、こんなところに来てみると、すぐにわかる。 (つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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