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二つの新書

僕が「バリアフリーをつくる(岩波新書)」を出したのは、1998年のことだ。それから7年後(2005年)、「みんなでつくるバリアフリー」が岩波ジュニア新書として出版された。このタイトルは前著の最後の章のタイトルだ。

 

ジュニア新書に変わったものの、内容的にも前著の続編である。編集者の森光実さんが新書からジュニア新書に移動したというのが理由と伺った。

 

その「みんなでつくるバリアフリー」の中で、4章は「街では動きやすくなっているか」で、車椅子の話から始まり、電動車椅子、そしてその車椅子のままで乗り込み、そのまま運転できる自動車の例を示し、国産のメーカーの新しい取り組みとして、トヨタのラウム開発の話を書いた。

 

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ラウム開発の5年前(1992年)に「ドリーム21」というトヨタの開発部署を横串にした若い技術者の皆様との出会いがあり、それを率いていた北川尚人さんの印象が強く残っていた。

 

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それから15年後、その北川さんが「トヨタ チーフエンジニアの仕事」という本を「講談社+α新書」で出された。

 

実は一昨年、「僕の履歴書 あるトヨタエンジニアの物語」を上梓され、僕にも贈ってくださり、僕は「もっと仕事の内容を知りたいので、次をお願いします」と北川さんに伝えたところ、実はその企画はあるとのことだったので、僕は期待した。それが今このような形になって僕の手にあることは、まさしく僥倖だ。

 

トヨタという巨大な企業で実際にラウムというこれまでにないコンセプトの車を世に出すことができた背景を(今だからこそ)もっと聞きたいと思ったこと、そして僕自身が(ホントは)高校時代はカーデザイナーになりたかった(でも美大入学後すぐに挫折)というのがあり、車の開発の実態を深く知りたかったからでもある。

 

これまでトヨタ生産方式(TPS)は「かんばん方式」で有名で、いいものを安く上手に作る仕組みを、多くのメーカーは学んだはずで、もちろんそれは大事で、大いに役立ち日本の技術大国を確固としただろうが、その「いいもの」を誰がどうやって考案したかについては、僕らは知らなかった。

 

それが明らかになったのだ。チーフエンジニアの存在とその役割が、この本によって公開された。それは(一昔前なら)企業秘密、まさしくトップシークレットだったと思うが、それを北川さんは明らかにしてくれた。

 

この本は「トヨタの秘密」の暴露ではなく、「トヨタの強み」を世に知らしめるプロパガンダと言える。そして、それは多くのメーカーが学ぶべき内容で「人の役立つモノづくりの秘訣」が余すことなく開示してある。

 

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僕が共感したのは「人がやったことがないこと」に面白がって挑戦するという気概と、その内側にある「人へのさりげないおもいやり」を実践されてきたことである。

 

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それが世界に通用したという仕事の実績とともに、それがこのような形(書籍)になったことに、僕は深い感銘を受け、大きな拍手を送ります。

 

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